fuco:が二十歳になるまで[小学生-2]




fuco: が1年の1月に弟が重症川崎病で、生死を彷徨いながら突然入院生活を送ります。病院までは片道20分、24時間付き添い、完母ミルクなし。


幸いな事に、夫の実家が市内にあり、急変可能性ある時以外は家族皆んなで付き添いを交代しながら、姉2人が出来るだけ同じ生活ができるようにまず心がけました。学校や幼稚園が終わる頃に、付き添い変わり、訓練などもいき、家事をして、夕飯入浴、翌日の幼稚園弁当も作ってまた病院へ。毎日何度も往復。若さと体力、周りの皆んなの助けのおかげ。泣く暇も落ち込む暇も全くなし。朝帰りのドライブスルーのスタバのラテの優しさだけが癒し。


姉2人もギリギリの頑張りでしたので、一度ストレスがかかりすぎると、元の調子に戻る事がとても難しいのは痛感してました。病院と家庭、どちらかを優先する事ができません(今からしろよとツッコミたいけど)。でも、姉たちが心配すぎたから息子を心配しすぎなくて良かったし、息子がいたから姉2人をちょっと手放していく事ができた、我が家の大きなターニングポイントにもなりました。


幸いな事に息子は一命をとりとめ、ひと月以上の入院は終わりましたが、その後も10数回入院や手術を繰り返します。いろんな病院にエピソードと緊張、インパクトを与えてまわりました…


それでも言語療法、感覚統合、音楽療法、ティーチ、沢山の訓練や次女のピアノ、友達が集まってのワイワイタイム、友人や実家のおかげで何とか毎日が回ってました。多分。


そんな時、事件です。サラリーマンの夫が小三の時に佐賀に転勤が決定したのです。実家がない知らない街‼️訓練受けられなくなる‼️息子の病院がある?パニクりながら引越しです。ガーン、チーン、ズドーン。続く…


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